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広井清治(ひろいせいじ)さん:国魚館 |
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国魚館の広井氏は「新潟にこの人あり」と言われる立て師(生産者から立て鯉を仕入れ、数年かけて育て上げる職人。立て鯉の将来性を見抜く眼力(目利き)と飼育技術の二つの技能が要求される。)である。紅白の生産も行うが、主に他の生産者から仕入れた鯉を立てる腕に長け、多数の銘魚を輩出。全日本など数々の大会で受賞を果たしている
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国魚館は、鯉の生産をほとんど行わず、仕入れた鯉を立てて売ります。これは、この辺りで最初に鯉を専業とした、父と同じやり方です。錦鯉の競り市も、最初に始めたのは父でした。幼いころより、父が鯉の仕事をしていたので、私にとって鯉は、とても身近な存在でした。私は、人付き合いがあまり得意な方ではありませんでしたので、サラリーマンになるのではなく、鯉の仕事がしたいと思っていました。父と同じく、仕入れた鯉を立てて売るには目利きがとても重要です。私は、自分の感性を信じ、たくさん努力すれば、成功できると思ったので、中学を卒業してすぐに国魚館を立ち上げました。駆け出し当初は、良い鯉をたくさん育てている有力な方の家に出入りさせていただき、たくさんの鯉を見る中、実際にお客さんはどのような鯉を選ぶのか、目利きのできる人が選んだ鯉はどのような評価で売買されるのかなど、いろいろと頭の中で考えながら、やりとりの会話を一言漏らさずに聞きつくしました。そんな中で、自分の評価と、目利きのできる人が出した評価とが一致した時は、物凄くうれしかったのを、今でも覚えています。そうやって、多くの鯉を見て、たくさんの人の意見を聞いて、実際に自分で多くの売買を経験することが、鯉を見る目を養う一番の方法なのではないでしょうか。私は若い頃から、そういった多くの経験をしてきました。
二十歳くらいの時に、ある鯉と出会いました。その鯉を見た瞬間、もう理屈抜きで、「これだ!」と感じましたので、持っていたお金を全部はたいて、その場で買いつけました。やがて、その鯉が成長すると大化けし、「言い値でいいから売ってくれ」という人が殺到したこともありました。昔から、お客さんに買っていただけることを当てにして鯉を仕入れると、失敗することが多くあります。お客さんが求めるような鯉を仕入れるときは、ある程度できあがった状態のものになりますし、万が一それが売れなかった時は、どうしようもありません。錦鯉は、優雅で美しい生き物です。人が生活する上で必要不可欠なものではありませんが、心にゆとりと安らぎを与えてくれる、そんな美術品のような存在です。ですから、鯉を買うときは、お金のことばかりを考えずに、ただ鯉を愛し、鯉を楽しむんだというくらいの心の余裕が必要だと思います。また、1匹の鯉を見て、自分が「これだ!」と感じたときの感動を忘れず、その感性を信じて買うことです。そういった、鯉の真価を見抜く力と、自分の感性を磨く力を、愛好家の方々には、是非身に付けていただきたいと思います
私の池には、たくさんの鯉がいます。どれも将来、大物になるであろう鯉ばかりです。私は、鯉の成長を見抜き、それを立てるのが仕事ですから、飼育するのに一番適した池へ、それぞれの鯉を放ちます。例えば、昭和三色でしたら、良い墨を出すために、砂地で少し水が硬い池に放ちます。ですから、私はさまざまな水質の池を持ち、その鯉にとって最適な環境で育てていくのです。錦鯉の美しさは、親の掛け合わせによって、大きく左右されます。しかし、その持ち味や素晴らしさをいかにして引き出すかは、鯉を育てる環境によって大きく変わります。そこは、私や愛好家の方々の腕次第なのです。
私の存在は、生産者あってのものです。生産者がいなければ成り立ちません。私が成功した理由は、新潟の生産者が作り出す数多くの素晴らしい鯉と、自分が信じている私自身の目利きによるものだと思います。その鯉がもつ潜在能力を見抜き、立てることによって、皆様が喜んでくださればとても嬉しく思います。私は学が立つ人間ではありませんが、錦鯉に関しては絶対の自信があります。これからも、世界の愛好家の方々と一緒に、道楽として鯉を楽しみ、その素晴らしさを広めていきたいと思います。 |
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