真鯉 「錦鯉」のそもそもの種である「鯉(真鯉)」は、一般的に中央アジアのペルシャが原産と言われています。しかし、近年の調査では、日本の約2500万年前〜500万年前の地層から鯉の化石が出土していることもあり、最近では鯉は日本でも天然に分布していたと考えられています。

720年に完成した歴史書『日本書紀』には、景行天皇(71〜)が鯉を池に放っていたという記述があります。
つまり日本では、鯉は1900年以上前から人により飼育されていたことになります。

真鯉から錦鯉へ
現在知られている「錦鯉」は、今から約200年前(1804〜1830)の文化・文政時代に新潟県の旧・山古志村(現・長岡市)・小千谷市で食用鯉の突然変異種として誕生しました。

写真提供:新日本教育図書


つまり「錦鯉」の発祥は、日本の新潟県の山古志村・小千谷市ということになります。


この地は山間部で、住民たちは山肌を段のようにならし「棚田」を作り、米や野菜を栽培していました。そしてこの「棚田」に水を引くため、棚田の上層部に作られた貯水池で鯉を飼育しており、主に雪深くなる冬の食料(動物性たんぱく質)として利用されていましたが、
この鯉がある日突然変異を起こし、真っ黒な真鯉の中に、色の違う鯉や、模様のある鯉が生まれたのです。


農民たちはこれを珍しがり、より美しい、 より珍しい鯉を作ろうと改良を重ねました。
この「突然変異の鯉」は、始めはこの地域の人々たちだけの娯楽でしたが、やがて他地域との物々交換に使われるようになって広く知られることになりました。これにより、それまで娯楽として改良を重ねていたものが、仕事としての養鯉業となり、現在までの間に様々な品種が生まれることとなったのです。

「錦鯉」という名称
錦鯉自体は約200年前に誕生しましたが、当時は「色鯉」「花鯉」「模様鯉」「変わり鯉」と呼ばれていました。

錦織りの反物これら様々な名称で呼ばれていた錦鯉が「錦鯉」と呼ばれるようになったのは、竹沢村(後の山古志村の一部)で行われた品評会で大正三色を見た新潟県庁水産主任官の阿部 圭氏が、そのあまりの美しさに「これはまさしく錦鯉だ!!」と感嘆したのがきっかけです。
この「錦」とは、金を交ぜて織り込まれた絹織物を意味し、そのように美しく優雅なものを「錦〜」(錦絵など)と呼びます。錦鯉は、まさに絹織物のように優雅な鯉と言えるでしょう。

その後、1940年頃には日本国内で「錦鯉」という名称が定まり、今日では世界中で「NISHIKIGOI」という名称が用いられています。


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